突然ですが、カンパネラおじさんをご存知ですか?
楽譜も読めない海苔漁師が、プロでも敬遠する超難曲を独学で弾けるようになった。そんな方が、日本に実在します。
この記事を最初に書いたのは2021年。あれから映画になり、徳永さんは66歳になり、フジコ・ヘミングさんは天国へ旅立たれました。
情報が古いままではもったいないので、今の話に書き直しています。
カンパネラおじさん・徳永義昭とは?
カンパネラおじさんと呼ばれている、徳永義昭さん。まずはプロフィールから。
- 名前:徳永義昭(とくなが よしあき)
- 居住地:佐賀県佐賀市
- 生まれ:1960年(2026年現在 66歳)
- 職業:海苔漁師、そしてピアニスト
- 経歴:高校を卒業後、のり漁師一筋44年
全国区で名前が知られるきっかけになったのは、「さんま玉緒のお年玉!あんたの夢をかなえたろかSP」への出演でした。
たまたま街頭インタビューを受けた徳永さんの妹さんが、番組にお願いした夢。
それが「兄のピアノ演奏をフジコ・ヘミングさんに聴いていただきたい」というものでした。
カンパネラおじさんになるまで…
徳永さんはもともとクラシックに興味がなく、漁師仲間とお酒を飲んで演歌を歌うのが好きな方だったそうです。
そのころの趣味はパチンコ。
漁が落ち着いている時期は暇を持て余して、お小遣いが底をついてしまうこともしばしば。
こんなことではいけない。そう考えていたある日、家で見ていたテレビに釘付けになります。
そこに映っていたのが、「ラ・カンパネラ」を演奏するフジコ・ヘミングさんの姿でした。
フジコ・ヘミングとは
本名:ゲオルギー=ヘミング・イングリッド・フジコ
生年月日:1931年12月5日
没年:2024年4月21日(92歳)
父親はロシア系スウェーデン人の画家・建築家で、母親は日本人ピアニスト。ベルリン生まれの日本育ち。5歳から母にピアノを習い始めた。
東京藝術大学を卒業後、国立ベルリン音楽大学(現・ベルリン芸術大学)へ留学。
16歳の頃に中耳炎で右耳の聴力を失い、その後ヨーロッパでの苦しい生活の中で左耳も失っています。
世界に知られるようになったのは、1999年2月に放送されたNHKのドキュメンタリーがきっかけ。このとき67歳です。同じ年に出したデビューアルバム「奇蹟のカンパネラ」は、発売後3か月で30万枚を記録しました。
60代の後半で、人生が大きく動いた方。
幾多の苦難を乗り越えて、90歳を過ぎてもなお世界中で演奏を続けられました。そして2024年4月21日、すい臓がんのため92歳で亡くなられています。
この音色に、徳永さんは心をつかまれます。
俺もこの曲を弾けるようになりたい。そう決意したとき、徳永さんは52歳。
音大を出ている奥さんが持っていた「ラ・カンパネラ」の楽譜を、さっそく開いてみたのですが…。
何が何だか、まったく理解ができません。
それもそのはず。「ラ・カンパネラ」はプロのピアニストでも敬遠するほどの、難曲中の難曲です。
普通なら、ここで諦めます。
でも徳永さんは、楽譜を読むことのほうを諦めました。
カンパネラおじさんのピアノ練習法がすごい!使ったYouTube動画はどれ?
楽譜が読めないド素人が、プロでも避ける曲を習得した練習方法。ここが一番気になるところですよね。
いったいどんなYouTube動画を使ったのか。それが、こちらです。
動画になります!
鍵盤が映っていて、曲に合わせて次に押す場所が光る動画です。
これなら楽譜が読めなくても練習ができる…と言いたいところですが、かなり大変ですよ、これ。
「ラ・カンパネラ」は演奏時間が6分を超えます。
それを右手のこの指、次はこの指…と、一音ずつ体に入れていく。気の遠くなる作業です。
徳永さんは、その光る鍵盤をひたすら指に記憶させていきました。漁のない日は1日10時間を超えることもあったそうで、それを7年。
「休みなしです。1日でも休めば次は2日分頑張らんばいかん」と語っておられました。
実は私、昔やっていた体操で、床の規定演技の曲がこの「ラ・カンパネラ」だったんです。
先日ふとあのフレーズが耳に入ってきたとき、体が勝手に振り付けをなぞろうとして、自分でびっくりしました。何十年も前にやめているのに、まだ残っている。
体で覚えた記憶って、本当に強いんですね。
だから徳永さんのやり方は、遠回りに見えて、いちばん確実な道だったんじゃないかと私は思っています。
カンパネラおじさん・徳永義昭の奥さんはどんな人?

徳永さんの奥様、千恵子さんは音大をご卒業されていて、ご自宅でピアノ教室を開いていらっしゃいます。
なるほど、それで家にピアノも楽譜もあったわけです。
とはいえ、ピアノのある家に住んでいる人が、みんな難曲を弾けるようになるわけではありません。
いちばん近くで音楽を見てきた奥様にとっても、まさかご主人が独学でこの曲を弾くとは、想像の外だったはずです。
そして7年目。妹さんが偶然テレビの取材を受けたことから、番組で夢を叶えてもらえることになります。
世界的ピアニストのフジコ・ヘミングさんに直接お会いして、演奏を聴いてもらう。奇跡のような話です。
「嬉しかったとです。いつかフジコさんに聴いてもらいたいち思っとった夢が実現したとですから」
フジコさんからかけられたのは、あなたの人間性が音に伝わって自然にいい音が出ている、という言葉でした。
カンパネラおじさん・徳永義昭の現在は?
あれから、徳永さんはどうされているのか。
海苔漁師を続けながら、全国で演奏活動をされています。
2025年の8月だけで、演奏会やコンサート、講演の予定が約30件。ハンガリーでのコンサートの打ち合わせや、スウェーデン公演の準備も進んでいるそうです。
しかも2025年の1月からは、ヴァイオリンまで始められました。64歳で、新しい楽器。
2025年2月21日には、徳永さんの実話をモデルにした映画「ら・かんぱねら」が公開されています。監督は鈴木一美さん、主演は伊原剛志さん、共演に南果歩さん。地元・佐賀の全面的な協力と、2,000名を超える支援で作られた映画です。
伊原剛志さんは1日6時間ピアノを特訓して、本編で実際に「ラ・カンパネラ」を弾いています。役作りの範囲を超えていますよね…。
この映画、佐賀だけで2万人を超える人が観に行き、半年以上のロングラン上映になりました。
配信を探してみたのですが、2026年9月の時点でPrime VideoやU-NEXT、Netflixといった主要なサービスでは配信されていません。DVDの発売告知も見つかりませんでした。今は自主上映会という形で、公民館や文化会館を回りながら上映が続いています。
さらに、徳永さんご本人が出演する劇場版ドキュメンタリー「漁師と妻とピアノと」の製作も進行中。海外約75か国での上映と、海外映画祭への参加を目指しているそうです。2026年の秋には、演奏会を兼ねた完成試写会が予定されています。
そんな徳永さんですが、有名になっても変えなかったことがあります。
フジコさんのコンサートで前座を務めないかと声がかかったとき、こうお答えになったそうです。
海苔が一番、ピアノが二番、フジコさんが三番
漁があるから、と。
夢が叶った瞬間に本業を手放す人は多いと思います。でもこの方は、順番を変えませんでした。
カンパネラおじさん徳永義昭 夢への道【まとめ】
さんまさんの番組でフジコ・ヘミングさんに出会ったとき、徳永さんが口にした言葉があります。
いくつになっても夢は追いかければつかまる
52歳から始めた人が言うと、重みが違います。
年齢を理由に何かをやめる人と、年齢を数えずに始める人。その差は才能ではなくて、始めた日が違うだけなんじゃないかと思うんです。
徳永さんの7年も、最初の1日から始まっています。
私も、あなたも、今日が一番若い日。
素敵に歳を重ねていきたいですね。
ちなみに、最近はヴァイオリンも弾いてるみたいです!
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