高校生の頃、毎晩、テレビで好きな人を観てから寝るのが日課でした。
それは、日本テレビのニュース番組で、キャスターをしていた櫻井よしこさん。
そのときから今でも、櫻井さんはずっと私の憧れの人です。
1945年生まれの櫻井さんは、今年80歳(2026年10月現在)。
今も言論の場に立ち、ご自身の言葉で語り続けています。
若い頃のキャスター時代から、年齢とプロフィール、結婚歴、お母さまとの日々、そして現在まで。
凛とした女性という言葉がこれほど似合う人が、どんな道を歩いてきたのかをたどってみました。
櫻井よしこさんの若い頃|高校生の私が見ていたキャスター
櫻井よしこさんが、日本テレビ系『NNNきょうの出来事』のメインキャスターを務めたのは、1980年5月から1996年3月まで。
16年もの長いあいだ、夜のニュースの顔だった方です。
キャスターに就いたのは34歳のときだったそうで、意外と遅いスタートにビックリ!
若い頃の写真を見ると、切れ長の目と端正な顔立ちが印象的で、美人キャスターとして話題でした。
30代の頃は着物が大好きで、ほとんど毎日着ていたのだとか。
それもあって、フワッと前髪やサイドを立ち上げるヘアスタイルを見て、私は「雛人形のお雛様みたい」と思ってました。
ニュースを読む知性と、着物を日常にする華やかさ。
高校生の私は、きっとその両方に憧れていたのだと思います。
着物を着ることも、日本人として誇り高いたしなみの1つだと気づかされました。
では、34歳でキャスターになるまで、櫻井さんはどんな道を歩いてきたのでしょう?
櫻井よしこさんの年齢とプロフィール ハノイ生まれ、ハワイ大学へ
まずは、櫻井よしこさんのプロフィールです。
- 生年月日:1945年10月26日(80歳)
- 出身:ベトナム・ハノイ生まれ。大分県中津市、新潟県長岡市で育つ
- 学歴:新潟県立長岡高校を卒業。慶應義塾大学文学部を中退し、ハワイ大学マノア校歴史学部を卒業
- 経歴:英字新聞「クリスチャン・サイエンス・モニター」東京支局などを経て、日本テレビのニュースキャスターに
生まれたのは、終戦直後のハノイの野戦病院。
お父さまがアジアで貿易の仕事をしていたため、一家はハノイに暮らしていたそうです。
翌1946年には財産をすべて失い、一文なしで日本へ引き揚げてきたといいます。
その後、慶應義塾大学を中退してハワイへ渡り、ハワイ大学で歴史を学びました。
帰国後は英字新聞の東京支局で働き、34歳でキャスターに。
1995年には、『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』で大宅壮一ノンフィクション賞を受けています。
1996年にキャスターを降りてからは、フリーのジャーナリストとして活動。
2007年には保守系のシンクタンク「国家基本問題研究所」を立ち上げ、理事長を務めています。
40代に入ってから様々な学びを始めた私にとって、30代半ばで大きな舞台に立った櫻井さんの経歴は、何だか心強くも感じます。
華やかな経歴の一方で、プライベートはあまり語られてこなかった方。
結婚については、どうだったのでしょう?
櫻井よしこさんの夫は?結婚歴と、離婚のあとに選んだ道
櫻井よしこさんの結婚歴は1度。
お相手はオーストラリア人の記者で、3年で離婚したそうです。
夫だった方の名前や、離婚の理由については、詳しく公表されていません。
お子さんについての情報も見当たりませんでした。
実は私も、離婚を経験しています。
だからこそ、結婚と離婚を自分の半生として本に書き残した櫻井さんの潔さに惹かれるのだと思います。
櫻井さんは再婚をせず、仕事に打ち込み、のちにお母さまと暮らす道を選びました。
ひとりで立つことを選んだ女性には、どこか背筋が伸びるような強さがあります。
その強さは、お金の話にいちばんよく表れています。
凛とした女性とは?「1円もごまかさない」櫻井さんの毅然
櫻井さんは、優しい口調ながら、はっきりとした物言いで知られる方です。
批判を受けることも多いはずなのに、なぜ揺らがないのか。
インタビューでは、自分で取材をして事実を確かめているから、誰の批判も恐れる必要はないと話しています。
そして、事務所の経理の方には、いつもこう伝えているそうです。
節税はいいけれど、絶対に脱税はしないで(クラブ・ウィルビー)
講演などでいただく5千円、1万円のお車代も、すべて申告しているのだとか。
世の中に意見を言う立場なのに、お金をごまかしたら顔向けできない、という考えなんですね。
さらに驚いたのは、自分の考えが間違っていたと分かったときには、新しい情報を添えて記事で訂正していることです。
年齢を重ねるほど、間違いを認めるのには勇気がいる人が多い中、櫻井さんは芯がブレません。
櫻井さんの話を読んで、私が思う凛とした女性の特徴は、次の3つに落ち着きました。
- 筋の通らないことをしない
- 人に言えないことを抱えない
- 間違えたら、自分から直す
つまり、凛とした女性は、見た目より先に生き方が美しい。
背筋を伸ばすことが心の姿勢につながる話は、品格も近寄ってくる人も変わる、姿勢の記事にも書きました。
では、この芯の強さは、どこから来たのでしょう?
櫻井よしこさんの家系図と母 「何があっても大丈夫」の口ぐせ
櫻井よしこさんの家系図をたどると、有名な一族というより、戦後を生き抜いた引き揚げ家族の姿が見えてきます。
お父さまは貿易商、お母さまは新潟県小千谷市の出身。
引き揚げ後は、小千谷のお母さまの実家に身を寄せ、そのあと、お父さまの地元・大分県中津市で暮らしを立て直したそうです。
やがてお父さまは家庭から離れ、お母さまが櫻井さんを支えてきました。
そのお母さまの口ぐせが「何があっても大丈夫」。
2005年に出した自伝の題名も、この言葉からとられています。
櫻井さんは、お母さまが107歳になるまで、12年半にわたって介護し、看取りました。
一緒に暮らすお母さまに、ピアノを弾いて聞かせていたこともあったそうです。
私も20年前に、母の介護と看取りを経験していますが、12年半という年月の重さを思うと、言葉が出ません。
決断のときには、必ず道は開けると信じて迷わない。
櫻井さんがお母さまから受け取ったこの教えは、介護の日々を綴った『迷わない。完全版 107歳の母を看取って』(文春新書)で読むことができます。
迷いが出たときに、背中を押してくれる1冊です。
お母さまの口ぐせを題名にした自伝『何があっても大丈夫』(新潮文庫)には、ハノイから大分、ハワイへと続く若い頃の日々が描かれています。
櫻井よしこさんの現在|80歳、化粧をやめて肌を休ませた
80歳の櫻井さんが続けている肌のお手入れは、驚くほどシンプル。
実は櫻井さん、2015年の春に、両頬が赤く腫れる肌トラブルに見舞われたそうです。
原因は分からず、言論テレビにサングラスで出演した日もあったのだとか。
お医者さまの指示で、3か月ほど化粧品を一切使わない生活を送ったといいます。
それまでは化粧水、乳液、クリーム、ファンデーション、お粉の5つを重ねていたのが、今は石鹸で洗顔して保湿クリームを塗るだけ。
その結果、肌は以前よりずっと健康になったと、ご本人が言論テレビのメールマガジンに書いています。
重ねるケアから、肌を休ませるケアへ。
私もお手入れはシンプル派なので、キレイな方と共通点があるだけで、嬉しくなります。
手を洗ったあと、顔にも保湿を塗る私のお手入れ法は、乾燥対策の記事をご覧ください。
2012年からはインターネット放送の「言論テレビ」を始め、80歳の今も発信を続けている櫻井さん。
まとめ|櫻井よしこさんの若い頃から現在に見た、凛とした女性の歳の重ね方
34歳でキャスターになり、離婚を経て、107歳のお母さまを看取り、80歳の今も言葉で立ち続ける櫻井よしこさん。
若い頃の美しさも、現在の凛とした佇まいも、筋を通して生きてきた毎日の積み重ねなのだと感じます。
何歳になったかより、何を通してきたか。
以前、インタビューで櫻井さんは、「私はこんなに長く、活き活きと生きたのよ」と言える社会にしたい、と語っていました。
私たちも、何があっても大丈夫と笑える大人でいたいですね。
同じように歳を重ねてもさらに輝いている人として、私と同い年の内田有紀さんの記事もあわせてどうぞ。
