2026年4月、女優の内田有紀さんが、元俳優で自身のマネージャーを務める柏原崇さんとの再婚を発表しました。
実は内田さんと私は、同じ1975年生まれ。
同い年の女性が、50歳という節目に事務所を離れて独立し、新しい家族の形も選んだことになります。
しかも、今も「かわいい」と言われ続けているのだから、気にならないわけがありません。
内田有紀さんの年齢や若い頃、柏原崇さんとの歩み、そして現在の髪型やドラマについて、まとめました。
内田有紀さんが再婚 柏原崇さんとはどんな人?
再婚のニュースが流れたのは、2026年4月1日のこと。
2日後の4月3日、内田さんは公式サイトに、柏原崇さんとの連名で文書を載せています。
ともに歩んできた時間が家族という形になりました。これからも二人で手を取り合い、優しさを大切にしながら日々を重ねてまいります。(オリコンニュース)
「日々を重ねてまいります」という言葉に、ふたりがこれまでに重ねてきた年月が見える気がします。
お相手の柏原崇さんは、内田さんより2歳年下。
元ジュノンボーイで、俳優として活躍したあと、裏方に回って内田さんのマネージャーを務めてきた方です。
ふたりの出会いは10代の頃、CMで共演したのがはじまりだったそう。
2001年にはドラマ『ビッグウイング』でも共演していて、当時の対談では、内田さんが柏原さんを「カッシー」と呼んでツッコミを入れる、幼なじみのようなやりとりもあったのだとか。
10代で出会ったふたりが、50歳前後で夫婦になる。
長い時間をかけてたどり着いた再婚だったんですね。
では、内田有紀さんご本人は、どんな道を歩いてきた方なのでしょう?
内田有紀さんの年齢とプロフィール|私と同い年
まずは、内田有紀さんのプロフィールを並べてみます。
- 生年月日:1975年11月16日
- 出身:東京都
- デビュー:1992年、ドラマ『その時、ハートは盗まれた』
- 主な出演:『時をかける少女』『北の国から 2002遺言』『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』『最後から二番目の恋』『踊る大捜査線』など
- 歌手デビュー:1994年、シングル「TENCAを取ろう!〜内田の野望〜」
- 所属:2025年末にバーニングプロダクションを退所し、テンビーンズ合同会社へ
2025年11月に50歳の誕生日を迎えた内田さん。
50歳を前にしたイベントでは、「人生100年時代の半分まで来た」と無邪気に喜んでいたのが印象的でした。
歳を重ねることを、減点ではなく折り返し地点として笑って話せる人なんですね。
同い年の私から見ても、その明るさは、まぶしいほど。
ただ、内田さんの若い頃は、明るさだけでできていたわけではなかったようです。
若い頃のショートカットと、一度目の活動休止
内田有紀さんの若い頃と聞いて、ベリーショートの髪を思い浮かべる方は多いと思います。
初めてショートにしたのは、高校2年生になる直前の1992年3月。
ボーイッシュなショートカットは、男性ファンだけでなく10代の女の子たちの憧れにもなり、同じ髪型にするのが女子高生の間で流行ったそうです。
1994年のデビュー曲は、女性ソロ歌手のデビュー曲として初めて、オリコンで初登場1位を記録。
まさに、時代の顔でした。
ところが、内田さん自身は、世間の「いつも元気で明るい内田有紀」というイメージと、素の自分との差に苦しんでいたといいます。
落ち込んでいる日も、無理をして明るく振る舞う。
そうするほど、イメージと自分の間の溝は広がっていったのだそう。
1997年、内田さんは一度、活動を休止しています。
人気の絶頂で立ち止まるのは、どれほど勇気がいったことでしょう?
そして復帰したあと、24歳でつかこうへいさんの劇団に飛び込み、「自分をさらけ出すこと」を学んでいきます。
この「さらけ出す」という姿勢は、のちの結婚や離婚の選び方にも表れているように見えるんです。
内田有紀さんの結婚と離婚、柏原崇さんと歩んだ年月
内田有紀さんの最初の結婚は、2002年。
お相手は、ドラマ『北の国から 2002遺言』で共演した俳優の吉岡秀隆さんでした。
結婚を機に、内田さんは芸能活動を休止しています。
家事と外の仕事を両立する自分が想像できず、誰かを支えることや主婦業をちゃんとやりたかったから、と後に語っていたそう。
その結婚生活は約3年で終わり、2005年に離婚。
30歳で、もう一度女優の仕事に戻ります。
復帰のときには、もう後悔するような生き方はしたくない、と意気込んでいたのだそうです。
そして、人から求められるイメージを演じ続けなくていいと気づいて、肩の力が抜けたとも振り返っています。
柏原崇さんとの関係が報じられたのは、2022年。
2024年にはテレビ番組で、名前こそ出さなかったものの、公私ともに支えてくれるパートナーがいることを自ら明かしていました。
結婚という形にこだわらず、それでも隠さずに、長い年月を一緒に歩いてきたふたり。
そのうえで、2026年に入籍という形を選んだんですね。
形より先に、一緒に過ごす時間がある。
大人の関係って、こういうことなのかもしれません。
「シワは頑張って生きてきた証」年齢を重ねてもかわいいのはなぜ?
内田有紀さんを見ていると、「かわいい」という言葉が、年齢を重ねても少しも無理なく似合う方だなと感じます。
美容誌のインタビューで語っていたこの言葉に、その理由が見える気がしました。
「シワは、頑張って生きてきた証」だとポジティブにとらえて、できる範囲でお手入れをしたら、もう自信をもって出していこうと(美的.com)
シワを隠すものではなく、生きてきた証として見る。
このブログで私が伝えたい「年齢を味方にする」という考え方、そのもの。
同じインタビューで、飾らない自分でいた先に、その年齢なりの輝きがある、とも話しています。
整形をしたかどうかは、本人にしか分かりません。
それでも私は、内田さんの顔には、無理に時間を止めようとしていない自然さがあるように見えます。
年齢を隠そうとせず、自分というものをしっかり持っているところが、内田さんのいちばん素敵なところだと思うんです。
離婚を経験した私には、若い頃の私の中にあった「若さ=価値」という思い込みが、どれだけ自分を苦しめていたかがよく分かります。
だからこそ、50代になって「シワは証」と言える内田さんの言葉は、かわいさの理由を外見ではなく生き方の中に見せてくれている気がするんです。
つまり、かわいいのは顔立ちだけじゃなく、生き方そのものってこと。
アンチエイジングに疲れたと感じている方は、▶ 抗うのをやめたら、私に起きたことも読んでみてください。
内田有紀さんの現在|独立、新しいドラマと髪型
内田有紀さんの現在は、まさに「人生のギアを入れ直した」ところ。
2025年末に長く在籍した事務所を離れ、2026年7月からはフジテレビの木曜劇場『ラストノート』で、寺西拓人さんとのダブル主演を務めました。
ドラマの中で内田さんが着ていたジャケットは、セオリーリュクスなどの大人のブランドだったと紹介されています。
50代を迎える直前は、このままでいいのだろうかという漠然とした不安もあって、「第二の思春期」のようだったとも話しています。
不安が消えたわけではないけれど、自分から現状を変えてみると、何歳になっても新しい景色が見えるのだと。
髪型も、また短くなりました。
2023年にWOWOWのドラマ『フィクサー』の役に合わせて髪を切り、撮影後にさらに短くして、8年ぶりのショートに。
若い頃の自分を重ねたのではなく、40代の新しい自分を楽しんでみたかったのだそうです。
同じショートカットでも、10代の頃とは選んだ理由がまったく違うんですね。
まとめ|内田有紀さんの年齢と再婚に見た、歳を重ねる楽しさ
内田有紀さんの年齢と、柏原崇さんとの再婚までの道のりを振り返ってきました。
- 10代でショートカットの人気者になり、イメージとのずれに悩んで一度立ち止まった
- 結婚と離婚を経て、30歳で後悔しない生き方を選び直した
- 長く公私を共にした柏原崇さんと、50歳で再婚
- 独立、新しいドラマ、8年ぶりのショートと、今も変わり続けている
若い頃のかわいさと、今のかわいさは、同じ言葉でも中身が違う気がします。
何歳に見えるかより、どう生きてきたかが顔に出る。
同い年の内田さんの姿を見ていると、歳を重ねるのも悪くないどころか、ちょっと楽しみになってきます。
年齢を怖いと感じる気持ちについては、▶ 歳をとるのが怖いと感じたらでも書いています。
次の誕生日を、内田さんのように笑って迎えられたら素敵ですよね。
