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「若いね」と言われて、悪い気はしません。「ありがとうございます」と返して、その場は笑って終わる。
でも、少しだけ引っかかるのは、「嬉しかった」ということは、私も年齢を減点として数えているということになるからです。
ネットを開けば『40歳からの〇〇』とか、『50代のための〇〇』とオススメされるものも多く、自分がその括りに入れられていることに、だんだん疲れてくる感じもしました。
このまま重ねていく先に、楽しみらしいものが見当たらないから。
その居心地の悪さは、私の心が狭いわけでもなく、「若さこそ上等」「若さこそ正義」のような価値観を突き付けられたからかもしれません。
そう言えば昔、こんなことがありました。
年齢をサバ読みしたあとの罪悪感
40歳のとき、半年間ラウンジで働いていた時期があります。
面接が終わったあと、マネージャーにこう言われました。
「40って言うと客がつかないから、34歳で!ぎりアラサーって設定ね」
その場では、はいと答えたものの、私は40と言うことが嫌ではありませんでした。
40年ぶんの実感があったし、隠す理由も見当たらない。
「なんか失礼よね(プンスコ)」って思ったまま、お店に出るように。
でも席についてから、内心がチクッとする瞬間が何度もありました。
ゲストと年齢の話になって「34です。今度の誕生日が来るとアラフォーですよ。」(←いや40だがな)と言うと、「アラフォーになったら、もう引退だな~」「やっぱり若い子にも活躍の場をあげないと」とか言われたんです。
世界各国を旅した私に言わせると、ここまでアラサーかアラフォーかで、線引きするのは日本ぐらいかなと。
思い出したのは、私が中学のときの国語教師が「クリスマスケーキと女は同じ」って言ったこと。俗に言う「クリスマスケーキ理論」です。
24がピークで、25を過ぎると売れ残りって。
可愛い系の女子生徒に母親の年齢を聞き、逆算したのか「ほら、やっぱり売れるのが早い」とか言って、今考えると前時代的な考え方ですよね。
では、この空気はどこから来たのでしょう?
シミがある人ほど豊かに見える?
「前時代的だ」「昭和の考え方だ」と笑って済ませたいところですが、あの教室の空気は今も続いています。
日本人女性が気にするシミやソバカス、日焼けした肌は、国によっては「富の証」であり、ステータスだったりします。
イタリアでは、シミは若い頃に日の下で遊んだ証拠として受け取られます。同時に、バカンスに行ける余裕がある証拠でもある。
日傘をさして長い手袋をした日本人女性を見たイタリア人が、うちの国なら病気ですかと聞かれますよ、と言ったそうです。
フランスには、アラサーやアラフォーのように、年齢で女性を区切る言葉がありません。友人の年齢を知らないまま何年も付き合うことも珍しくない。相手の年齢はそこまで気にかけないってことですね。
女性はボルドーワインと同じで、だんだんおいしくなる。そういう言い回しがあります。
ドイツはもっと素っ気ない。年齢を重ねているのにシワが少ないのは不自然だ、という感覚すらあって、そもそも人を褒めるときに、若さに触れる習慣がないそうです。
ただし、ヨーロッパも最初からこうだったわけでもなく、19世紀までは、あちらでも白い肌が貴族の印でした。日に焼けた肌は、外で働く人のしるし。
それが1923年、ココ・シャネルが南フランスのリビエラでヨットに乗って日焼けして戻ってきたことをきっかけに、価値がひっくり返ります。焼けた肌は、バカンスを取って優雅に過ごせる人の肌になったんです。
ここで日本を見てみると、シミがないことのほうがステータスって感じしませんか。肌管理に通っている人のほうが、豊かに見える。
同じシミという記号なのに、あるほうが豊かに見える国と、ないほうが豊かに見える国に分かれてしまった感じがします。
日本のこの感覚は、江戸時代から来ているそうです。
色の白いは七難隠す?
このことわざが確認できる古い記録は、1813年の『都風俗化粧傳』という化粧の指南書です。江戸時代の後期。七難は仏教でいう七難ではなく、いろいろな難点という意味で使われています。
つまりこの言葉は、「白ければ難点が見えなくなる」という構造です。
一見、褒め言葉に見えますが、土台にあるのは隠すということ。200年以上前の化粧書から、今日のファンデーションの選び方まで、まっすぐ線がつながっているのも、ある意味すごい。
でもここで、妙なねじれがあります。
日本は年長者を敬う国。還暦も古希も祝う。
80万人以上を対象にした国際比較の調査でも、日本は年齢への偏見が少ないほうで、むしろアメリカやドイツのほうが、年齢への偏見は強かった。
敬いはある。それなのに、女性の見た目にだけは若さを求める。
このダブルスタンダードの間に立たされているのが、今を生きる日本の女性です。
そして同じ研究には続きがあります。
年齢への偏見が強い文化にいる人ほど、自分を実年齢より若く感じている、というもの。
研究者はこれを、年齢集団からの離脱と呼びました。
自分を若い側に寄せることで、その集団から距離を取ろうとする反応です。
「34歳ということにしておいて。」そう言われて素直にうなずいた、あのときの罪悪感。
あれは私の弱さではなく、この空気に対する、ごく自然な反応だったことになります。
では、年齢を隠すことをやめた人は、どんなふうに見えるのか。
あなたも一度は、その人を目で追ったことがあるはずです。
目で追ってしまうキレイな人の特徴
海外の俳優で、無理に引き上げたり注入したりして、気づけばみんな似たようになって、「いかにもやりました」という顔を見ると、こちらまで少し残念な気持ちになります。
元が素敵だから、そのまま歳を重ねた姿を見たかった…という、失ったものを取り戻したい感覚です。
技術の良し悪しの話ではなく、「老いを隠したい」「老いに抗いたい」という気持ちのほうが、顔よりも先に伝わってしまうからかもしれません。
その一方で、すれ違ってから振り返りたくなる人もいます。
年齢を隠していない。シワもある。白髪も混ざっている。それなのに、目が追ってしまう。
そういう人に共通しているのは、光を放っていること。
髪の表面。肌の手ざわり。そして姿勢。
遠目で人を見るとき、目が拾っているのは顔のパーツではなく、この3つの光の放ち方です。
それに気づいてから、私がずっと気をつけてきたのが姿勢でした。
お金もかからないし、今すぐ変えられる。ほら、背筋が伸びたでしょ?
ただ、髪と肌のほうは良い品の力を借りたほうが早いと思っています。
肌の光り方なら、HABAのスクワランオイル。肌にうるおいを与えるタイプなので、隠す方向のケアに疲れた人と相性が良いと思っています。
余計な添加物も入ってないのも◎
無香でテクスチャーもサラッとしているので、私は全身に使っています。
洗髪後のドライヤーをかける前に馴染ませるし、流行りの濡らせ髪っぽく見せるときも。シリコンが多いヘアオイルだと、おでこや首が痒くなるので。
フェミケアにも使えるので、デリケートゾーンもしっとりすべすべ。
コレ1本が万能なので、洗面台がごちゃつかないのも気に入っています。
髪の艶を保つなら、シルクの枕カバー。ヘアキャップも使ってみましたが、これは寝ている間に、どこかに行ってしまうので、枕カバーに落ち着きました。
髪は摩擦で傷みます。寝ている間の摩擦が減るだけで、髪の負担が減り、艶を失わずに済むんです。
私は2枚セットを購入し、仕事で使うPCチェアのヘッド部分にもかけて、徹底的に摩擦を減らすようにしています。
鏡の前の自分に、どんな言葉をかけている?
鏡の前で、増えたものを数えていませんか。
シミ、シワ、白いもの。数えれば数えるほど、自分に点数をつける時間になります。
数える対象を、光を放つパーツに変えてみてください。
今日も姿勢がいいね!髪も素敵ね!肌も悪くないじゃない。
それだけで、鏡の前にいるあなたは、高貴な女王の気分になります。
若さの賞味期限は短い。その代わりに伸ばすもの
若さの賞味期限は、思ったより短くもあり、誰でも等しく歳を重ねます。
そこにしがみつく限り、若さへ勝負を挑み続けることになる。
でも、その勝負から手を引いて観客になったとき、自分で自分を応援する光を灯すようになります。
それが艶です。あでやかさと言い換えてもいい。
若さと違って、これは持ち時間が長く、応援したぶんだけ喜ぶ姿が見えるはず。
次に「若いね」と言われたら、ありがとうと受け取って、心の中でこう足してみてください。
若いんじゃなくて、艶が出てきたんです、って。
